なんで?どういうこと!?
だけど、こっちがパニック状態であるのをいい事に、イケメンのキスの長いこと。怒った私がイケメンの体を叩くと、まるで「仕方ねぇなぁ」と言わんばかりの顔で離れていった。
もちろん私は酸欠。
ハァハァって肩で息をする私を見て、イケメンがニヤリと笑う。
「まだまだ。続きは帰ってから、だろ?」
「はい……」あぁ、ダメだ。酸欠で上手く頭が働かない。というか、なんなの、この人。しかも人生初のファーストキスが〝外で〟なんて!草葉の陰から見守ってくれてるお母さんに、何て報告したらいいのか。
「(いや、お母さんはただ失踪しただけだ……)」
あぁダメだ、パニックで頭が働かない。実の母を勝手に昇天させるなんて、相当どうかしてる。ってか、チャラ男がいつの間にかいない。あの人、逃げたな!
反対に、人のファーストキスを奪ったイケメンは、未だに私を抱きしめている。どうしよう、逃げ場なしだ。
「あぁ……もう好きにしてください」
家が焼け、ファーストキスが奪われたパニックに加え、極限まで減ったお腹。これ以上、もう何も考えられない。
だんだんと、体の力が抜けていく。腕の中でぐったりしていく私を見て、さすがのイケメンも慌てた声を上げた。
「え、マジで? おい、お前!」
薄れゆく意識の中、ふと聞こえてきたのは音楽。男の子たちが、元気な声で歌っている。
あぁ、本当に勘弁してほしいよ。だって私は、アイドルが嫌いなんだから――
その言葉を口にしたか、していないか。それはハッキリと覚えていない。だけど意識を手放す中。
「好きにしてください、なんて……。冗談でも言うんじゃねぇよ」
私の唇を強引に奪ったイケメンが弱々しく喋り、切ない声を出した。そして最後に、とびきり優しく私を抱きしめる。
「(あったかい……)」
完璧に意識を失う前の、ささいな一時。困惑しながらも私は、その温もりを確かに感じ取っていた。
◇
「……ん?」
長い時間眠っていた気がする。
というか、ここはどこ?自分の家じゃない事は分かる。だって燃えて、消し炭になったもん。
「(じゃあ、ここは……?)」
綺麗な部屋。私が寝ていたベッドも、大きくてフカフカ。壁も天井も家具も、全部高級そうで、全部白い。たった一つだけ色があるのは、赤い時計。オシャレな壁掛け時計だ。それは白の部屋に、かなり目立っている。
「センスが良いのか悪いのか。って、そうじゃなくて」
本当に、ここはどこ? 誰の家?
寝る直前に感じた「温かさ」。じんわりと私を包んだ、カイロみたいな安心感――なんて、そんなことを思っていたけど。目を覚ましたら〝知らない部屋にいた〟なんて、安心感どころか不安感しかない。
「とりあえず、出てみようか」
背の高いベッドを降りて、足音を立てないように、少しだけドアを開く。すると――
「悪い子だな、お前」
「ひっ!」ビックリした。だって開いたドアの先に〝誰かの目と口〟があったんだもん!悲鳴が出た私の前で、扉が大きく開く。現れたのは……
――続きは帰ってから。な?
あのイケメンキス男だった。
口が乾いたのか、クウちゃんはジュースを含む。 「ファンはね、とりあえず推しが消えずにそこにいてくれたらいいの。 推しを見て一日頑張ろうと思えるファンなんてごまんといるからね。同時に、推しが急に消えたら、発狂するファンもごまんといる」「推しの存在って、かなり重要だね」「そう重要なのよ。キーパーソンなのよ。だから好き勝手に消えられちゃ困るのよ。 むしろ……その道を歩くと決めたのなら、最後まで歩みきってほしい。 申し訳なさそうにしないでほしい。堂々してほしい。もちろん指輪もためらわないでほしい。 本当に既婚者なんだって、そういう現実をファンに見せてほしいな」「そういうものなの?」「じゃあ萌々。もし皇羽さんが他の女性と結婚したとする。 結婚発表があって、その女性が萌々に及び腰で〝すみません、すみません〟って消極的だったらどうする?」「……」 なんで、あの人が皇羽さんのハートを射止めたんだろうって思う。 それほどの魅力が、本当にこの人にあるの?って疑っちゃうかも……。 それに私の皇羽さんを奪ったのであれば、せめて堂々としてほしいと思う。私の方が劣っていたと、完敗だと思わせてほしい。 そうすれば諦めもつくから。二人を、応援できるかもしれないから。 するとクウちゃんが「その通り」と言った。 え、もしかしてさっきの心の声、ぜんぶ声に出ていた? 「知名度とか、注目度とか、好感度とか。そんなの関係ないのよ。皇羽さんの結婚相手として、堂々と振る舞っていればそれでいいんだから」「でも私はしがないモデルで、スーパーアイドルのコウをとった女で……」「じゃあ聞くけど、二人は何か罪を犯したの? 警察の世話になるようなコトをしちゃったの?」「えぇ、まさか!」
「萌々ぉ……」「え、クウちゃん?」 私を見るクウちゃんの顔には、既に涙の痕が幾重にもあった。 ずっと無言だったのは、泣いていたから? それほどショッキングだったんだ。 (私が、クウちゃんを傷つけた……!) だけどクウちゃんは「萌々!」と。 もう一度私の名前を呼んで、抱き着いてきた。 急なことに体がぐらついて、二人一緒に祭壇の前に倒れる。 たくさんのレオグッズが無事か急いで確認すると、それらは一ミリも動くことなく私たちを見下ろしていた。 (まるで玲央さんに見はられているみたい……) 何とも言えない心地になりながら、私に張り付くクウちゃんの体を、下から支える。 「ごめんね。私、クウちゃんのこと傷つけたよね」「なに言っているの。私は嬉しいんだよ。萌々が結婚だなんて……しかも好きな人とでしょ? なにそれ最高じゃん!」「え……?」 思ってもない言葉に、肩の力が抜ける。 だって……喜んでくれるの? クウちゃんが大好きなIgn:sのメンバー。その一人と結婚したいと言っているんだよ? 信じられないでいると、クウちゃんが私の頬をむぎゅっとつかむ。 既に彼女の目は充血していて、さっきまで泣きっぱなしだった私の目とお揃いだ。 そこまで泣いてくれる理由が、私の結婚を喜んでくれるからなんて……。 「萌々が今までどれほど苦労して育ったか知っているし、その頑張りを本当にスゴイと思っている。 私が中学生の頃バイトなんて思いもしなかったし、同い年にそんな子がいる想像さえつかな
◇ 無事にクウちゃんと連絡がとれ、合流できた。 幸い家で引っ越し作業をしていて、私の声色を聞いただけで「卒業式までうちで過ごす?いい記念になるしさ!」と提案してくれた。 何も話していないのに、こうして私の意図を汲み取ってくれる彼女の存在は、昔から今まで私にとって大きくて、何ものにもかえがたいほど貴重だ。クウちゃんと友達になれて、本当に良かったな。 近くのコンビニに寄って着替えと、最低限の必要な物を揃える。あとは、気持ちばかりになるけどお菓子を買おう。 コンビニの隣に並ぶドーナツ屋さんへ入る。 「うーん、十個くらいでいいかな?」 クウちゃんは一人っ子で、お父さんとお母さんの三人暮らし。十個と言わず、本当はもっと買いたいけど、誰かがドーナツ嫌いだと余っちゃうしなぁ。「それに味はなににしよう? 甘いのばかりだと飽きちゃうかな?」 たくさん悩んで、悩んで……そして我に返った。私って、悩んでばかりだな。 「おススメを……十個、ください」 自分で決める全ての選択死に、自信がなくなっている。 皇羽さんとの結婚も、本当にしたいか分からなくなってきている。誰の気持ちを優先するのが正解なのか分からない。 もちろん、できるなら全員の気持ちを優先したい。みんなが笑顔で見守ってくれる中で、結婚できたらいいな。 ……そんなこと、出来ないと分かっているけれど。 モヤモヤした気持ちを抱いたまま、クウちゃんのお家に到着する。中から「萌々!」と、クウちゃんが飛び出し、抱き着いてくれた。 温かな温度に安心して、こんな私でも好いてくれる友人がいて、また涙が溢れる。 「く、クウちゃん~っ」「萌々、よしよし。話は
「さて、我々の絆も確認できたところで。本格的に、これからどうするかを考えないといけないね。萌々ちゃんも萌々ちゃんで色々と考えていると思うが、まだ芸歴が浅い。知らない事情も多いだろう。先駆ける俺たちが、正しく、心地よく導いてあげないとね」「……みんな忙しいのにすまない。力を、かしてほしい」 座ったまま頭を下げると、ヨシノが「おわ!」と後ろへひっくり返る。見ると、腕に鳥肌が立っていた。 「皇羽、急に素直になるなよ。怖いだろ、お前はいつもツンケンしてろよな」「それでさっき誤解されそうになったから、もう今日はこの状態でいく」「素直な皇羽って、違和感ありまくりだよねぇ」 ヨシノと玲央がヒソヒソと話をしている。くそ、丸聞こえなんだよ! ただでさえ萌々とケンカして傷心しているんだから、もっとオブラートに扱ってほしいってもんだ。 「萌々……」 ケンカしちまった。仲直りできるか? 俺たち、前みたいに一緒に暮らせるよな? 掌に収まる小さなリングを、落とさないよう力を込める。 覚悟はしていたけど、俺から萌々が離れるとこんなに不安になるとは。思った通りのでかいダメージ。 こんな状態なのにメールも電話もダメなんて、非常によくない。今すぐ暴れ回ってしまいそうだ。一刻も早く解決策を編み出さないと、街に危険が及ぶレベル……あ、その前に。 「そういや玲央。俺がココに入る前に〝萌々を奪う〟とか言っていたな」「あ、聞こえちゃった? ま、もう知っていることでしょ。せいぜい萌々ちゃんを手放さないようにね。この先、何があってもね」「うぅん……」 既に、現段階で、俺の手から萌々はすり抜けている。不甲斐なさから、恋敵の目を見られない。 だけど、それでも守る。どれほどすれ違って
「ただ、コウが辞めて全て解決するとは思っていないよね? 根本的な問題はそのままだ」「!」 ミヤビの言葉を受けて、玲央が「その通り」と頷く。 「萌々ちゃんにも言ったけど、二人が結婚してコウが表舞台から消える。矢面に立たされるのは萌々ちゃんだけ。祝福も賛辞も、非難も。全ての目が、萌々ちゃん一人へ向くよ」「! それ、萌々に」「言ったよ。ちゃんと納得してくれた。皇羽と違って、色んなことを頭で考えている。それを横から邪魔しようなんて野暮なこと、しないであげて。だから電話もメールも禁止と言ったんだ。 皇羽、こんな時だからこそよく考えて。萌々ちゃん、ずっと泣いていたよ」「……」 玲央から言われた言葉、一文字ずつ重さを増して胸に積もる。心が苦しい。圧迫されている。俺は間違っていたのか? せっかく良い答えを出せたと思ったのに。「じゃあ何が正解なんだよ……」 どうすれば萌々は笑うんだ。 俺に何ができる?「コウ、重すぎる愛っていうのは、時に虚しいものなんだよ」 ミヤビの言葉に「虚しい?」と復唱する。好きが空回りするっていう意味だろうか。 「中身が伴っていないんだ。愛しているという割に、相手の望まない行動をとってしまう。それはね、相手が大事にしている物に気付けていないからなんだよ」「萌々が大事にしている物……?」 なんだよ、大事にしている物って。萌々が大事にしている物といえば、モデルの仕事だろ? 幸せな結婚をすることだろ? だけどミヤビは首を振った。どうやら違うらしい。 「彼女が大事にしているのは、お互いの幸せじゃないかな?」「お互いの、幸せ?」「
「俺は、皇羽がウソを言っているとは思えないな。アイツは、アイツの思うがままに動いていると思うよ」「そう、でしょうか?」「うん。だって、ちゃんと萌々ちゃんへのデメリットあるもん。 結婚発表してコウが脱退して……その状態で萌々ちゃんがモデルを続けられると思う? 俺はね、コウのファンが絶対にそうはさせないと思っているんだ。コウは脱退したのに、どうして夢乃萌は……って」「!」 それは、その通りだ。むしろ辞めるのは私の方だと、誰もが思うだろう。知名度、人気率、どれをとってもコウの足元にも及ばないのだから。比べるまでもない。本来、辞めるべきは私なんだ。「君へのバッシングを考慮しなかった点を踏まえると、やっぱり皇羽は、自分の思いのままに動いていると思う。誰のためでもない、自分が萌々ちゃんを守るためにアイドルを辞めるのが一番いいと思っているんだ」「複雑ですね……望まれている人ほど、今の地位をたやすく捨てる。皇羽さんが手放そうとしているものは、今の私が喉から手が出るほどほしいものです。私がコウほど人気で知名度もあれば、結婚を発表することに何も躊躇しなかったでしょう」 いいなぁ皇羽さん、羨ましいなぁ。 マンションから一歩外に出たら、私と皇羽さんは天と地ほどの差がある。こんなに近くにいるのに、実際は触れられない距離にいる人だと知る度……心に傷を負う。 「さっき、玲央さんが〝ライバルと認めてほしい〟と言った気持ち、わかります」 同じ土俵に立ちたい。叶うなら、誰もが圧倒されるモデルに、なりたかった。そうすればコウと結婚したとしても、みんな納得してくれるのに。ようは、釣り合っていないから後ろ指をさされるんだ。皇羽さんの隣に立つだけの器が、私にはない。 「悔しい、どうして私は……」「はい、そこまでだよ」「む」